----------------------------------------------------------------------------- 「何で俺はこんな所でこんな事をしているんだろう。ちなみにこれは独り言だが」 そう呟く青年の周りには、この日のために長年の修練を積んできた猛者達が 集まっていた。彼らはそれぞれ手に慣れた獲物を持ち歩いている。 たまに、獲物を持っていない者もいたが、彼らには彼らの戦い方が存在する。 猛者達は、三人一組で試合に参加する。 試合形式は、一人ずつ戦いに参加して1対1の3回勝負で勝負を決する、 といった方式だ。また、当然ながら、勝敗は審判の判断で決する。 試合前の緊張で静まり返っている会場の中で、 その青年だけが気の抜けた顔をしていた。 その青年に、道服を来た少女が近づいてきた。 「いくら宝貝を回収するためといえ、何が悲しくて…」 「いつまでもブツクサ言わないでも良いじゃない、殷雷。 さあ、私達も練習を再開しようよ!」 その少女は、青年を励ますように、大声を張り上げた。 少女の名は、和穂。青年の名前は、殷雷だ。 「しかし、これではなあ。やる気も何も…」 と言って、殷雷は自分の握っている獲物を見た。 その武人を思わせる服に合わせるように、いつもならば、 そこにあるものは殷雷愛用の銀色の棍である。 しかし、今日そこにあるものは、 武人とはてんで関係のなさそうな狐色の縦笛だった。 そこへ、一人の女が近づいてきた。 彼女一人だけ、この晴れ舞台に相応しいと思われる華美な衣装を纏っている。 「さあ、この大会はこの衛如さまの目出たい音楽家としての初お目見えだよ! ほらほら、そこ。もっとしゃんとしなさい、しゃんと」 彼女こと衛如は、生粋の音楽家の家に生まれた二人目の娘である。 彼女の家は代々優秀な音楽家を輩出し、宮廷音楽家となった人も多々存在する。 そして、彼女もその血に負けることのない非常に優秀な音楽家である。 そんな彼女がこの大会に出るために和穂たちを雇ったのは、 彼女の性格の故である。彼女は、高慢すぎるのだ。 その性格が災いして、更に対立候補の妨害工作にあってしまい、 相棒がいつまでたっても見つからなかったのだ。 この大会は三人(一チーム)揃って初めて出場資格が与えられる。 『この衛如さまの天才的技術を披露できないとは!!』 と衛如が腐っていたところへ、ちょうど和穂達が通りかかったのだ。 * ちなみに、衛如は特別シード権を持っているため、 なんと準々決勝まで行う必要がない。 つまり、準決勝と決勝を勝ち抜けば、目指す宝貝『泉静琴』が手にはいるのだ。 「まあ、この私と戦うに相応しい者たちが出揃うまで、鋭気を養おうじゃないか」 和穂達の本当の目的を知らない衛如ではあるが、 衛如は大会に優勝することが出来れば(彼女はそれを疑っていないが)、 それでいいのである。 「そうだな、早くこの会場から出てしまおう」 「全くだ。こんな美的感覚が狂っている者たちが集まっている所に 留まるなんて、私の誇りが許しはしない!」 やる気のない殷雷が呟いた言葉に、衛如はとことん高慢な台詞を吐いた。 周りの厳しい視線が衛如たちに突き刺さる。 やる気のない殷雷とそんなゲスな(本人談)人間を気にしない衛如は それらの視線を無視しながら会場を出ていった。 だが、根が正直な和穂だけは、他の二人の分も平謝りしながら会場を後にした。 * 「そう言えば、あんたたちの腕を調べてなかったね」 「ぶっ!」 食堂でいきなり核心をついてきた衛如の台詞に、 あまりに正直な反応を見せる和穂を横目に見ながら、殷雷はこう答えた。 「大丈夫だ。いざとなったら俺達の師匠が来てくれる。 あんたにも勝るとも劣らない能力の持ち主だ」 自分に匹敵する腕の持ち主などいるものか! と、 その言葉に激怒した衛如が食事を早めに切り上げて店から出ていった後、 和穂は殷雷の裾を引っ張ってヒソヒソと話を始めた。 (ちょっと、殷雷。なんであんなことを言ったの?) (あの場合、ああでも言うしかなかっただろう。俺には、何も出来ないしな) (そりゃ、今回ばかりは殷雷に助けてもらってもどうにもならないけど) (そうだ。俺は武器の宝貝だからな。歌だの音楽だのと言われても困るんだよ) (じゃ、”師匠”は誰にするの?) (そうだな、断縁獄の中にいる宝貝で、それらしい奴を…) そして二人で断縁獄にいる宝貝の名前を挙げてゆく。 が、なかなか”これは!”という宝貝がない。 「まあ、おちおち考えておくか。衛如先生のお陰で、試合まであと三時間あるからな」 取りあえずは、そんな所に落ち着いた。 * 食事を平らげて食堂を出ると、近くに人溜まりが出来ていた。 ある一点を中心に、人々がぐるりと取り巻いている。 「ふふん。あんたに恨みはないが、こちとら商売なんでね。 腕の一、二本で勘弁してやるから大人しくしてな」 「冗談じゃない。私のこの腕は優美な芸術を生み出す人類の宝物だ。 それをむざむざ壊すなんて、お前ら人間かい?」 その高慢な口調と声色から察するに、破落戸(ごろつき)に絡まれているのは 衛如なのだろう。まあ、あの性格で敵がいない事もないか。 ま、雇い主を助けないわけにもいくまいな。そう考え、殷雷は人の輪へと踏み行った。 殷雷の顔を見つけた衛如が慌てて助けを求める。 「お、お前殷雷とかいったね。さっさとこいつらを倒してくれ。 こんなゲスどもを殴っては、私の腕が汚れてしまう」 「さっきから黙って聞いていりゃ、ひでえことをぽんぽん言いやがって!」 衛如の台詞に刺激され、破落戸たちが衛如へと手を伸ばした。 それに対し殷雷は素早く衛如の前へと回り、破落戸達の手を棍で叩き落とす。 ついでに鳩尾にも一撃を見舞っておく。 突然腹を襲った痛みに耐えかね、破落戸達は地面を転がり回る。 「ふん。これにこりたら、二度と俺達に手を出すなよ」 そこそこに痛めつけて、もうよかろうと殷雷は決め台詞を言い放った。 その言葉に大人しく退散するはずの雑魚こと破落戸たちは、 あろうことか更に衛如を襲おうと向かってきた。 「ば、馬鹿な!」 雑魚の意外な奮戦に驚く殷雷。 だが、次の瞬間には完膚無きまでに破落戸達を打ちのめす。 「うっ」 そこへ、そんな呻きを漏らしたのは、一人事件の蚊帳の外にいた和穂だった。 殷雷は和穂へと向き直る。 和穂が男に抱きかかえられ、口に布を当てられているのを確認。 殷雷は五歩進む。 和穂があっさりと気を失う。眠り薬を嗅がされたのだと理解。 さらに殷雷は七歩進む。和穂は目の前だ。 和穂を放して自分に挑みかかってくる男の腕を棍で打ち払う。 殷雷は和穂を抱きかかえる。 無防備になった男の脇腹に強烈な一撃を喰らわせ、男を気絶させる。 慌てて殷雷は和穂の無事を確認した。 呼吸、脈拍は正常だ。傷もない。やはり眠り薬か。 殷雷の攻撃でのびている男の腹を強く叩いて、無理矢理起こさせる。 「やい、貴様。なぜ和穂を狙った!」 「へっへっへ。そんな簡単に吐くと思ったのかい?」 どごすっ! 殷雷は容赦なく男に一撃を見舞い、冷厳と宣言する。 「さあて、どこまで耐えられるかな。この俺の攻撃に」 殷雷は、衛如に突っかかっていた破落戸どもを指さして、 「まあ、お前が吐いてくれなくとも、あそこにまだまだいるしな」 「ま、待て!話す。話すから、殺さないでくれ!」 殷雷の脅しは驚くほど効果を発揮し、破落戸たちは青い顔で首を縦に振る。 殷雷は、再び和穂を狙った理由を問うた。 「へへへ。まあ、そう怖い顔するなよ。単なる、眠り薬なんだからな。 そうさな、丸一日ぐらい眠り続けるかな」 「ひいぃっっ!」 ムンクよろしく両手を頬に当てて悲痛な叫び声を挙げたのは、衛如である。 「どうするんだい。これじゃ人数が足りないじゃないか! これじゃ、何のためにあんた達を雇ったんだか!」 「五月蠅いぞ、衛如。こんな往来で泣きわめくな」 そう文句を言うと、衛如はピタリと泣くのを止めた。見栄が感情に勝ったらしい。 「なるほど、それで和穂の方を狙ったのか。では、今後の方策を決めるため、 和穂を休ませに宿に向かうか」 * 「で、どうするつもりだい?」 「いきなりか。ま、そちらの方が話が早くて助かる。まずは、これを見て貰おうか」 衛如の目の前で煙が突然湧き起こり、煙が消えたときには殷雷の姿は無かった。 その代わりに、一振りの刀がちょうど殷雷がいた位置に落ちてあった。 手を振るわせながら、衛如はその刀を掴む。すると、 「どうだ衛如、驚いたか? 我が名は殷雷。殷雷刀。仙術の粋を凝らして作られた 宝貝の刀の一振りだ。そこにいる和穂は、元仙人だ。今は術が使えないがな」 「な、な、それで、私にどうしろってんだい?」 突然の真実の暴露、恐るべき真実に怯えきった衛如に苦笑しつつ、 殷雷は衛如の手から離れて、再び人の姿を取った。 「お前には、これから大会に出場する宝貝を二つ選んでもらう」 「二つ?あんたは出ないのかい?」 「今は和穂がこんなだからな。俺の役目はこいつの護衛、いや子守だからな。 眠ったまま放っておくなぞ出来ない」 「……わかったよ。こちらは人数が揃えば誰でもいいんだから」 「ん? そう言えば、何で俺達を雇ったんだ? 衛如、お前だけが勝ったところで一勝二敗で俺達の負けになるだろ」 「ああ、それね。我が家は音楽社会に十分な権力を持ってるからな」 「つまり、八百長ってことか。それであんたは満足なのか?」 「ふふん。八百長とは言ってくれるね。私の才能は広い場所に出てこそ 発揮されるのさ。だから、こんなところで燻っている訳にはいかないのさ!」 「へいへい、勝手にやって下さいな」 正直なところ、自分勝手もここまで徹底されると、寧ろ感心したくなる。 * さて、衛如が帰ってくるまで何をしていようか。 それにしても、我ながら不覚であった。 今回は単なる破落戸だから良かったものの、これが和穂に 敵対する何者かであったら…。 強く、強く殷雷は拳を握りしめ、その拳を何度も床へ打ち付けた。 (ちなみにここは一階である) この頃は、間抜けな宝貝ばかり相手にしていたので、 油断もあったのだろうか。何にしろ、このような惨めな失敗は二度と許されない。 それからは、殷雷は和穂の寝顔を見て過ごした。 いずれ、衛如が勝利の知らせをもってくるだろう。 がたんっ! 神経質になっている殷雷がドアの方向に振り向くと、 激怒している衛如がいた。 「おのれ、審判員め。われら衛家に恩を受けておきながら、奴を指名するとは」 「もしかして、負けたのか! それは困る」 「くっ…私は負けてなどいない!お前らがもっとしっかりしてくれれば…」 「おいおい、無茶を言うなよ。俺達は、音楽に対して全くの無知なんだぜ。 俺に八つ当たりはよしてくれ」 「八つ当たりだと?この私が八つ当たりなど…」 不用意に衛如を怒らせてしまったため、衛如は八つ当たりを延々と八つ当たりを 続けている。その罵倒を聞き流しながら、殷雷は必死に考えた。 明日になれば和穂も起きるし、俺も行動を起こせる。 だが、問題はどうやって『泉静琴』を衛如に勝った人間から取り戻すかだ。 俺達だけで向かっても、相手はまともに取り合わないだろう。 なら、衛如を連れていけばどうだ?こいつなら何とか言って、 相手の家に入り込むことが出来るかもしれん。入り込めれば、手は、ある。 方策の決まった殷雷は、まず衛如に発破をかける。 「衛如、お前はこのままでいいのか?お前が負けたのは、 大会が団体戦だったからだ。正真正銘の一対一に持ち込めば、 お前が負けるはずがないのだろう?」 「く、お前に言わなくとも!そうだ!私はあいつより格段に美的感覚は上だ!」 「ならば、受けた屈辱は晴らさねばなるまい。 雪辱を晴らしたその時こそ、お前が世界に旅立つ時だ! 安心しろ。今度こそ、本当に俺に策がある。 相手がこの策に乗れば、勝利は間違いなしだ」 「ほう。ヤケに自慢たっぷりだな。よし、その策を教えてくれ」 ヤケに自慢たっぷりなのはどちらだ、とも思う。 それはともかく、殷雷は衛如に策を授けた。だが、最も重要な部分は省いて説明した。 それを教えると、衛如が止めると言い出すかもしれなかったからだ。 今回は自分もついて行くか。 最悪の場合には、『泉静琴』を奪って逃げるつもりだった。 出来ればそんなことにはなって欲しくなかったが。 * 次の日、大欠伸と共に起きあがった和穂を連れて、 殷雷達はその相手の家へと向かった。 「ところで衛如よ。その相手とは、どんな奴だ?」 「奴は、我が家には劣るが、そこそこの家柄を誇っている。 まあ、私に言わせてもらえばまだまだなのだが、自分の実力も弁えずに、 我が家に向かって吠えていたのだ。それを…」 「まあ落ち着け。冷静にならねばな。音楽活動をそのような気持ちで行うつもりか」 「ねえ殷雷、今度は勝てるの?」 「ああ。相手に『泉静琴』さえ使わせれば、俺達の勝ちだ」 「それはいいが、なんで理由を教えてくれないんだ?」 「まあまあ。何でも知っていたらつまらないだろ」 衛如の持ってきた紹介状のお陰で、すんなりと家の中へ入ることが出来た。 通された大接間でしばし待っていると、相手がやってきた。 「さて、今日の用事は何ですか?」 「何を白々しいことを!もう一度二人だけで勝負する為に来た、と 文面にも書いておいただろう!」 「あの試合で私が勝ったことは周知の事実ですが?」 「ふざけるな!お前には音楽家としての誇りがないのか! 私はお前達の組の演奏を聴いていた。お前達三人の中で、 ただ一人お前だけが聞くに値するものだった。 あんな取り巻きどもと共に勝って嬉しいのか!」 相手も音楽家の一族、”音楽家としての誇り”という言葉には弱かった。 相手は、衛如の持ちかけた勝負に乗ってくれたのだ ただし、審判は相手が選ぶこととなったが。 さあ、後一押しで勝負は確実に自分たちのものになる。 殷雷たちは、さり気なさを装って相手に話しかけた。 「俺としては、大会の優勝商品となっていた琴の音が聞きたいものだな。 きっと、この勝負に華を添えるものだろう。」 「だが、私が勝ったら琴は貰うぞ。勝利者にこそ所持者に相応しい」 相手は、殷雷たちの言葉に乗ってきた。殷雷の唇に、かすかな笑みが広がった。 勝負の方法は、単純なものだ。 二人が交互に演奏し、審判がそれを判定する。 判定時に上げた旗の色が赤ならば衛如の勝利で、白ならば相手の勝利である。 そして、勝負が始まった。 衛如の演奏は、さすがにいつも自慢たらたらに言っているだけあって、 武器の宝貝たる殷雷にも、響いてくるものがあった。 素直な和穂に至っては、感動の涙を隠そうともしていない。 相手が用意した審判員も、こっそりとだが頷いていた。 衛如の演奏が終わり、相手の出番がついにやってきた。 琴に触れた。その時、相手は自分の世界に入り込んだ。 手が勝手に動く。操られている自分。だが、それは憎らしいまでに普段の自分を 遙かに上回る出来だった。 すばらしい。我が家の家宝として飾っておくつもりだったが、 これほどのものを仕舞って置くなどもったいないとまで考える。 衛如たちを見ると、悔しさのあまり、顔を歪ませている。 そうだ、お前にも分かるだろう。私は今お前を越えている! 二人の演奏が終わった。 審判員達は勝敗を協議で決めている。だが、それは見せかけだ。 私が勝つよう、そのように審判員を決めているのだ。 相手は、勝利を疑っていなかった。 そして、旗が上がった。 旗の色は、赤だった。 呆然とする相手に構わず、殷雷は『泉静琴』を相手の腕からもぎ取った。 「な、何をする! 私が負けるわけないではないか! お前のような者には私の演奏の素晴らしさが分からないだけなのだ!」 「ふん、とても聞けたもんじゃなかったぜ。なあ、審判のあんたもそう思うよな」 審判は、相手の家が用意した人間だったのだが、それでも殷雷の言葉を肯定した。 「く、皆の者出会え。こいつらをこの家から生きて帰すな!」 その言葉に従って、屋敷のありとあらゆる場所から武装兵が姿を現した。 「ねえ殷雷、こんなに沢山の人がどうやってこのお屋敷に隠れていたんだろう。 こんなにいたら、お手伝いさんとかが困ったりしないのかな」 「和穂よ、それは禁句というものだ」 「どうして?」 「どうしてと言われても困るが、そういったものだからだ」 納得していない和穂と相手を罵る衛如を背に、殷雷は言い放つ。 「さあ、怪我したい奴から前に出な」 『泉静琴』 琴の宝貝。使用者の体を操り、使用者に高度な演奏を可能とする。 欠陥は、その音が聞くに耐えない程であること。 それだけならまだしも、その酷い音を特殊な場により、 使用者には優雅な演奏に聞こえるよう調整しているのだ。 最後の機能は、弦の調整がどうしても出来なかった龍華が 悔し紛れに付け加えたものである。 一人で聞くのならば、欠陥を封じ込められるからである。
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なんかつまんない。なんか駄目な作品。
かといって、近頃は長いものが書けないし。う〜〜ん。