スチャラカもくれんタマスダれ
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おとぎの国のお爺さま

 わいわい。がやがや。どやどや。
数え切れないほどの人間が集まって、宴を楽しんでいた。
 彼らの頭上には8分咲きの桜の花。彼らの膝元には藁で編まれたござ。
街道には彼らを目当てとした露天の数々が軒を連ねていた。
 焼きもろこし、たこ焼き、わたあめ、べっこうあめ、
その他にも種種様々の食べ物が人々を誘う。
 金魚すくい、ひよこ売り、的当て、ブンブン売り、近所の家を借りてのおばけやしき
種種様々な嗜好を凝らした遊技が子供たちを虜にする。

 祭りに集まった人々はそれこそ十人十色という言葉も相応しく、
世界の人種がここに一同に集まったかのような気持ちにさえさせる。
 その反面、どんなに個性豊かな人でも、この人の山に埋もれては
自分を発揮することは難しいだろう。

「ほら〜和穂、あなた全然飲んでないでしょ。さっ、これなんかどう?
 そんな不景気な顔してないで、飲んだ飲んだ!」
 どうみても未成年の少女が連れのまだ若い女性に無理に酒を勧められているようだ。
少女は杯を受け取って、その薫りを楽しむ。いや、その覚えのある匂いを
かいだ途端に、杯の中身を大地に捨てた。もったいないことをする少女である。
「ごめんなさい。九鷲酒だけはどうしても欲しくないの」
 少女は申し訳なさそうに謝って、若い女性に杯を返す。
その態度にムッときた女性は、連れの一行に訊いてみる。
「九鷲酒を欲しい人は手を挙げなさい!」
 挙手した人間は一人もいない。女性はますます不愉快そうに辺りを見回し、
一人べろんべろんに酔っぱらっている青年に狙いを定めた。
 武人風の服装に、勇壮な雄牛の刺繍を施された外套に似合わず、
青年の容貌は穏やか、いや、酔っ払った今ならその面はまるっきりの阿呆である。
 女性は青年の外套を引っ張って注意を促す。
「なに? なんなのら?」
「いい酒があるんだけど、静嵐、のんでみない?」
 疑いを知らない無垢な子供の顔で頷いて、青年、名は静嵐と言うらしい、
は杯を女性に差し出した。女性はそれになみなみとついて静嵐に渡す。
「ごくっ、んぐぅ、ぐっ」
 静嵐はそこで、場のみなが自分を注視していることに気づいた。
「おや? みんなどうして僕を見ているんだい?」
 皆に酒を注いで回っている女性を除いて、あいまいな笑みを浮かべる。
しかし、酔っ払っている静嵐はいかにも怪しい態度に何ら不信感を抱かなかった。
たらふく飲んで、そのまま気持ちよさそうに横たわる彼からは、
既に寝息が聞こえてきていた。
「あ〜あ、こいつ、これで本当に武器の宝貝かよ」
「まあまあ殷雷、静嵐は彼なりに頑張っているわよ」
 静嵐とどこか似通った衣装を着た、つまりは武人風の男女が
静嵐を評した言葉は、言い方こそ違えど、静嵐=強い武人とは認めていないことに
変わりなかった。
「そうそう、これで武器の宝貝だってんだから、笑っちゃうよね」
 子供からも辛辣な評価を受ける静嵐を庇う人間は誰もいない。

「……綜現、はい、あーん♪」
「流麗さん、自分で食べられるから、ねえ」
 回りに甘ったるい空気を他人の迷惑まるで考えなしに垂れ流している
妙齢の女性が、自分の膝に子供を抱きかかえて、食事を子供の口に運んでいた。
「あの〜、流麗さん」
「……なあに? 和穂」
 和穂と呼ばれたのは、先程、宴会係の女性から酒を断った少女のことだ。
少女はおずおずと口を開く。
「ほら、公序良俗に反するっていうか。綜現君も嫌がっているみたいだし」
 抱きかかえられて、顔と顔が向かい合うように抱えていたため、
ぎゅっと流麗の腕に囲まれた結果、自分の顔を流麗の胸に押しつけられて
赤くなっていた綜現もうんうん、と素早く何度も頭を上下させる。
「……あら、私と綜現がどんなふうに愛を確かめていたって、
あなたに関与されることじゃないでしょ」
「綜現は明らかに嫌がっているみたいだけど?」
「……恋愛経験のないお子さま二人には分からないかもしれないけど、
綜現は決して嫌がっていないわよ。ねえ、綜現?」
 流麗は小うるさい少女二人を全く相手にせず、綜現の目をじっと見つめる。
 綜現は考える。今の状態は恥ずかしくて嫌だ。
でも、流麗さんが嫌いなわけじゃないし、これではっきり拒否したら、
きっと流麗さんは傷ついてしまうだろう。出来れば答えを保留したいところだけど、
流麗さんの目は僕を逃さず捉えている。時間延ばしも許してもらえないと思う。
 蛇に睨まれた蛙、を体現した少年は必死に考えた末、答えを出す。
「う、うん。僕が嫌がるわけないじゃないか」
「……ほ〜ら、ご覧なさい!」
 綜現が涙をのんで流麗に降る。その様子を、全く知り合いではない、
たまたま彼らの近くに座っていた者、そんな人たちまでもが綜現を
哀れなものを見るような目でもって見ていた。



 さて、少し前に、彼らの話題に上った宝貝とはなんだろうか。
それは、不可能を可能にするとんでもない力を秘めた道具である。
 群衆の中に紛れては、全く区別のつかない一行。
しかし、この一行はそんじょそこらの旅人たちではなかった。
 和穂を除く、全員がその、宝貝なのである。嘘ではない。
詳しい経緯は省くが、和穂は自らが人間界にばらまいてしまった宝貝を集めている。
その手助けをしているのが、透明な黒い外套を羽織った殷雷である。



 このままでは、いつまた九鷲酒を勧められるか分からない、と考えた和穂は、
「それにしても、私たちこんなことでいいの?」
「お前が焦るとは珍しいよな。
なに、待っていれば向こうから宝貝使いがやってくるはずだ」
 そうもっともらしく語る殷雷ではあったが、落下してきた花びらを
杯で受け止めて悦に入り、「いやあ、風流だねえ」と言っている彼の
言葉を全面的に信頼することは出来なかった。
「和穂、本当に分からないの?」
 女の子、塁摩が心底不思議そうに首をひねりながら確認する。
うん、と素直に頷く和穂に、見た目和穂より年下の塁魔は言った。
「よく、周りを見てみたら?」
 塁摩の言葉に従って、花に彩られた邸宅(そう、花見の時期だけ庶民の立ち入りを
許可しているのである)をじっくりと観察する。
 そのうち、同じように見える花にも、幾つか種類のあることが分かった。
それらは中心で見分ける。白いもの、紅いもの、緑色のもの。この順で
時は進んでゆき、緑色はやがて新緑へと変わるのだろう。
 あれ? どこか、自分の知識と食い違ったところがあったような気がする。
それがどこかは、分からないのだが。
 つまるところ、やっぱりここで待っていればいい理由なんて分からない。
「やっぱり分からない」
「和穂、今五月だよ?」
「だから?」
 処置無し、とばかりに塁摩は大きく嘆息した。
殷雷と向かいに座っていた深霜は取りなすように発言する。
「そう言えば、仙界では別に珍しい光景じゃないか」
 そこに、一際大きい拍手が上がる。拍手はどんどん和穂たちの座っている場所に
近づいてくる。拍手が近づくにつれ、渋みの入った声が和穂の耳に聞こえてきた。
最初はよく聞き取れなかったそれも、だんだんと明瞭になってゆく。
「枯れ木に花を咲かせましょ〜〜〜う」
 拍手の中心にいたのは、もう随分と年の入った老人だった。
 老人は存外丈夫な足取りで梯子を伝わってすっかり花の乱れ散ってしまった桜の木の
上に仁王立ちすると、大事に胸にかかえていたざるから一握りの灰を
つかみ取り、ばっばっと枯れ木に振りかける。
 すると、あらよと言う間に枯れた桜は6分咲きに変わる。
「わぁ〜っ、凄いね、あのお爺さん」
 本気で気づいていないのだろう、和穂は無邪気に拍手していた。
いや、無邪気にもちと程があろう。ともすれば馬鹿と言われそうな和穂だった。
「和穂、お前は深霜についてここから出ていけ。俺はあの爺いを追う」
「どうして?」
 瞬時、殷雷は自分の血管が怒りでぶち切れてはいないだろうかと
心配しなければならなかった。もちろん、大丈夫だったが。殷雷は叫ぶ。
「あの爺いが宝貝を持っているからだよ!」



 和穂が無事会場から抜け出たのを確認してから、殷雷は本格的に行動に移った。
枯れ木を見つけては灰を撒いていた老人だが、さすがに年に堪えたのだろう、
今は根っこによりかかって暫しの休息をとっているようだった。
「やい爺い、宝貝を返してもらおうか」
 殷雷の言葉に、老人は激しく動揺する。
「老い先短い老人の楽しみを奪うつもりかーーー?」
「ほう、老い先短い、ねえ。そいつの欠陥を知ってるのか?」





蕾開香  枯れ木に花を咲かせるお香。
    お香を燃やして得た粉末にしてから使用する。
     花の咲く季節まで時を進めるため、木々の寿命を奪ってしまうという
    副作用を持つが、これ自体は欠陥ではない。
     問題なのは、生物全般に作用してしまうこと。数百年を生きる木にとっての
    一年分、灰をかぶった生物は例外なくこれだけ自らの時を進めてしまう。

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